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第50回グラミー賞発表余話

2008年02月26日

 2月12日に第50回グラミー賞の報が届いた。今年の主役は、最優秀新人賞をはじめ、最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞など5部門で受賞したエイミー・ワインハウスだった。
 “英国のお騒がせ歌姫”ともいわれ、これまでアルコール依存症や薬物中毒などのスキャンダルで騒がれたことも1度や2度ではない。昨年10月にはマリファナ所持でノルウェー当局に逮捕され、今年1月にもコカインの吸引で取り調べられたことはまだ記憶に新しい。そのため合衆国政府から入国ビザの発給を拒否されたため、グラミー賞の式典には出席できず、ロンドンからの衛星回線を使った中継による参加となった。
 日本ではさほど知られた存在ではなかったが、グラミー効果でにわかに注目を集め、直後のアルバム『BACK TO BLACK』のバックオーダーが累計で5万枚を超え、セールス・チャートでも、発売から半年経っているにもかかわらず、再び上位に返り咲くチャートアクションを見せている、という、レーベルの宣伝担当者からの速報メールも届いた。今後もしばらくは注目され続けることは間違いない。だけど――。
 ふと思う。もしも音楽の世界にもドーピング検査があったら、と。地球規模で心と体の健康や安全が叫ばれて久しい今もなお、音楽とドラッグは深い関係にある。ロックンロール草創期から、若者が快楽を貪るためのアイテムや行為としてセックス、ドラッグ、ロックンロールは切っても切れない関係にあり、これまで多くの有望な才能が薬物のオーバードーズによって失われてきた。音楽は、時として非日常空間へと誘ってくれる。音楽で、そうした非日常空間をクリエートするためには、薬物が誘う非日常的興奮や高揚感、心地よさを経験しなければ、あるいは現実から逃避しなければ……といわんばかりに依存してしまうアーティストは後を絶たない。薬物依存は、“悪”でありながら、芸術の名のもとには“必要悪”であるかのような考え方も一部にはある。しかも、どの作品が違法薬物摂取によってもたらされたのか、の実証が難しいこともあり、海外では特に、人は罰せられても、作品までが汚されることはまずない。そう、作品に罪はない。スポーツ選手のように記録や過去までもが抹消されることはないのだ。(ただ日本では、かつて槇原敬之の作品が陳列棚からすっかり姿を消したことはあったが)
 もちろん、エイミー・ワインハウスを非難するつもりはない。彼女はリハビリ施設に入院し、更正に向けた努力もしているようである。ただやはり、彼女に限らず、健全なイマジネーションによって、リスナーを非日常空間へと誘って欲しいものだ……と、今年のグラミーの話題から、そんなことをぼんやり考えた。
 余談だが、本欄でも紹介した『空海の旅』シリーズの第3弾で最優秀ニュ-エイジ・アルバム賞に3作続けてノミネートされていた喜多郎は、残念ながら落選してしまった。その代わりといってはなんだが、かつて和太鼓演奏集団“鬼太鼓座”で活躍し3年ほど前からロスに移住した中村浩二が、“ポール・ウインター・コンソート”というユニットの一員として同賞を受賞。CDショップでの扱いも良くなっていて、この賞の権威と影響力の大きさをあらためて感じた。それに比べ、国内の音楽賞は権威の失墜に拍車がかかっている。寂しい限りである。

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