人間牧場がオープンしてから2年半が来ようとしています。その間、さまざまな人が人間牧場の門をたたき、「たたけよ、さらば開かれん」の例え通り、要望に応えて可能な限り迎え入れて対話してきました。その数は定かではありませんが、かなりの人数に上っています。よく、芳名録などを置いて、来た人に書いてもらうのを見かけますが、何人来たかなど問題ではないと思って始めた人間牧場なので、ブログに書き込む程度の記録しか残っていないのです。
一昨年の秋も深まったころ、1人の若者が人間牧場の門をたたきました。愛媛県出身で松下政経塾26期生の兼頭一司さんでした。東京大学経済学部を卒業している秀才で、いまだに何故私の所にやって来たのか疑問が残っていますが、希望に燃えた彼は「人と人のつながり」「心の豊かさ」をテーマに将来コミュニティービジネスの道を志しているらしく、その後、足しげく私の元へやって来て、県内外のまちづくり人と交流するなど、切っても切れない深いご縁となったのです。
そして先日は、「頑張る地方づくり」のため上島町で「希望の島フォーラム」を企画実施、私も及ばずながら東京大学の先生とともに演台に上がり、“落伍”でエールを送りました。
今日メールが入り、修了審査も通過して、先日無事、卒塾式を終えたとうれしい便りが届きました。

【写真】松下政経塾卒塾式での決意表明

【写真】卒塾式の記念撮影
普通の人なら「東大も出ているのに、なんで離島の上島町に家族で移り住み、夢みたいなことを考えるのか」と思うほど不思議な生き方です。
彼は「会社を興したい。島民が出資し、島民が経営し、島民が働く会社だ。海産物や農作物を生かした加工品を開発・販売し、その利益が島の暮らしに還元される仕組みをつくりたい。規模は小さくても島の中でお金を循環させれば、人は生活できる。観光業も考えているが、島を切り売りすることだけはしたくない。大勢人が来たからといって、島が汚れては本末転倒。生活手段として会社やお金を活用したい。最初は一人からの出発になるだろうが、自己資本のほか、公的助成金を申請して徐々に規模を拡大していきたい」(3月2日付愛媛新聞「キーパーソン」の記事より)
彼は政経塾の塾生でしたが、ある意味では人間牧場から世に巣立とうとする第一号かもしれないと、手前みそながら大きな拍手を送るのです。
人は得てして、楽をして楽な道を進みたがるものです。そして損か得か、好きか嫌いかなどで物事を判断するものです。兼頭さんの前途には大きな困難が待ち受けているでしょうが、希望の島でしっかりと生きてほしいと願っています。
頑張れ、兼頭一司さん。