(2010年01月29日)
(2010年01月22日)
(2010年01月15日)
私たちの町には大小20もの川が瀬戸内海に向かって流れています。そして人々はその川の恵みを受けて、寄り添うように暮らしているのです。雨の日も晴れた日も水の量こそ違え毎日枯れることなく流れている川を見ていると、自然の偉大なサイクルに感心感謝するのです。
私は子どものころ、「この水は一体どこから流れてくるのだろう」と思い、いつか源流を見に行きたいと思っていましたが、凡人の私には今もその謎は解決しないまま頭の中にこびりついて離れないのです。
折りしも私が実行委員長を務めている双海町少年少女おもしろ教室の7月のプログラムに、「上灘川の源流を探る」というテーマが取り上げられました。応募してきた30人余りの子どもたちはもちろんのこと、私自身にとっても興味をそそるテーマなので、役職柄もあって参加しました。

【写真】源流探検に出掛けた一行
本当は何時間もかけて川沿いを歩いて探るのがいいのでしょうが、子どもたちにとって猛暑の夏にそのようなこともできず、マイクロバスで源流を目指しました。幾つもの橋を渡り、谷沿いに源流域の奥大栄(おくおおえ)に到着しましたが、ここは旧双海町でも一番過疎が進んだ限界集落で、かつては10戸以上あった民家も今は4戸になり、住む人絶えた崩れしままの民家が心を痛めました。

【写真】上灘川源流域の集落・奥大栄は限界集落
一行は、地元の人が事前に草を刈ってくれた山道を1列になって歩き、郷土史にも出てくる「花の石」を見学し、沢に通じる道を、足を取られながら時には丸太を2本渡しただけの危険な道を登っていきました。杉や檜で植林され深い森となっている源流域は、真夏の暑さをよそにむしろ心地よい感じさえするほどでした。

【写真】源流への道を行く子どもたち
やがて、流れている小川の水がほとんど枯れてない源流と思しき場所に到着しました。そこから上は、渇水期の今は残念ながらせせらぎを確認することができませんでしたが、みんな汗をかいた後の源流発見だけに大きな声で万歳を三唱しました。
少し下った流れのある所で源流水をくみ、みんなでその水でカルピスを作って飲んだり、直接手ですくって水の味を確認しました。私たちが毎日飲んでいる水はここから流れてきているのかと思うと、感慨深く、水の恵みに感謝しなければならないと子どもたちに話してやりました。

【写真】源流を発見し、思わず万歳する子どもたち
その後、集落まで下った水源地付近で、スタッフの人たちが源流水でうどんとそうめんをゆでてくれていて、みんなで舌鼓を打ちながら「おいしい」を連発して昼食を味わいました。私は持ってきた水筒のお茶を捨てて、土産に源流水をくみ入れました。この夜は、この水でお茶を入れて楽しみました。
ところで「森は海の恋人」という言葉があります。宮城県気仙沼の漁師さんが山に木を植えたのです。「なぜ漁師さんが山に木を植えるの?」と不思議がる人もいますが、アメリカの海洋学者ジョン・マーチンの研究によると、山の広葉樹の葉っぱが腐葉土となり、そこを通った水は鉄がイオン化し酸が加わりキレートとよばれる安定した状態になって生物に吸収されやすくなり、植物性プランクトン、動物性プランクトン、小魚と海で食物連鎖が起こるのです。まさに森は海の恋人なのです。
子どもたちはその後、翠(みどり)小学校の前のホタルの育つ川まで帰り、みんなで川の掃除をして源流への感謝を表しました。

【写真】川の掃除をする子どもたち

【写真】カズラのツルで帽子を飾る子ども