現代風に「塾」といえば進学塾などを連想しますが、江戸末期から明治にかけて日本の各地にあった塾は、国を憂う心を育てる人材育成が主流でした。緒方洪庵の適塾や吉田松陰の松下村塾などはその最たるもので、歴史の中に輝かしい足跡を残した人たちを多く輩出し、日本の近代化のけん引役となったことはあまりにも有名です。
その流れを受け継ぐほどではありませんが、全国各地には、まちづくりのための人づくりを掲げた現代版の塾が人材育成を目指して設置されたんです。しかしそのほとんどは、行政が金と口を出し過ぎたため長続きせず。“未塾”“半塾”“塾々”と揶揄(やゆ)されるように人が集まらず、何をしていいのか分らず、自立できぬまま今日を迎えているのです。
私も21世紀えひめニューフロンティアグループの代表として、春は青春塾、夏は朱夏塾、秋は白秋塾、冬は玄冬塾という4つの塾を組み合わせ、10年間で40回の塾を開くフロンティア塾を双海町の廃屋を利用して開講し、多くの成果を得て目標通り5年前に終了したのです。
竹村健一さんや永六輔さんを招き「21世紀への潮流」をテーマに開いたフロンティア塾の閉塾を惜しむ声や塾再開を望む声が大きいため、思案した結果、人間牧場が完成したのを機に、熟慮の末、新しい年輪塾を立ち上げることになりました。

【写真】夕日の沈むころから始まった年輪塾
年輪塾は、人間牧場の水平線の家に置いている樹齢約150年の高知県馬路村産・魚梁瀬杉(やなせすぎ)の年輪にあやかり、目標の人間像を、人間牧場の沖合に浮かぶ周防大島出身の民俗学者宮本常一や実践教育者二宮尊徳、それに四国の偉人坂本龍馬、ジョン万次郎に置き、とりあえず始めることにしたのです。

【写真】年輪塾の開講風景
このことを聞きつけた10人ほどの小さな集団から始めようと、第1回の塾が開かれました。今回のテーマは、民俗学者柳田国男と並び称される宮本常一です。そして、この塾の特長である塾生の研究成果を披歴する学習会で産声を上げました。今回は塾生第1号の浜田久男さんが「宮本常一の生涯と愛媛歩きの足跡をたどる旅」と題して1時間余り講義しました。塾生は、前もって浜田さんから頂いたりした宮本常一の書物を最低1冊は読書してくることを条件にしていたため、浜田さんの話しに吸い込まれるように聞き入りました。
浜田さんにとって宮本常一を1時間以上にわたって人の前で話すのはもちろん初めてなので、緊張の面持ちでしたが、この日のために研究・用意した書物や資料を150年の年輪を刻んだ高座の上いっぱいに並べ、奥行きのある話をしてくれました。

【写真】民俗学者宮本常一を語る浜田久男さん
その後、切り株高座を囲んで夜を徹しての話し合いが持たれましたが、自律する人材を目指す塾らしい実りを感じました。頭上には、夏の夜空に北極星や北斗七星、それに天の川が輝き、最高のシチュエーションに酔いしれました。

【写真】夜を徹して行われたウッドデッキでの語らい
次回は二宮尊徳からの学びで、清水和繁塾頭が語る予定です。ちなみに塾の参加は、来る人拒まず去る人追わずです。予定は未定ながら、インターネットのブログで告知したいと思っています。