
【写真】恋心の花(朝は白、昼はピンク、夕は赤に変身する酔芙蓉の花)
人間牧場にも朝晩、秋風が吹き始め、まるで鏡のように青い空や雲を写していた海も少し波風が立って、秋の気配を感じるようになりました。先日は、人間牧場の倉庫から友人にもらった耕運機を取り出して調整しました。畑はもう秋作の準備をする時期なのです。今年は少し蕎麦(そば)の種をまこうと考えていて、狭い畑ながら耕しました。
耕運機の入っている倉庫は、私とおやじが一昨年、手づくりで作ったものです。そのおやじもいよいよ9月1日の誕生日でめでたく90歳の卒寿を迎えます。若いころがんを患い余命いくばくもないと医者から宣告されながら、死の淵(ふち)から生き戻り長寿を勝ち得たのは、長年漁師として海に生きた強い意志力と、海からの栄養補給による体力だったような気がするのです。
先日そのおやじのもとへ1通の手紙が舞い込みました。おやじの同級生ですから相手も90歳のようですが、おやじは目が薄くなっていて読みづらく、息子の私に読んでくれというのです。たとえ親子であっても、と思いましたが、あえて読んで聞かせてやりました。文章は便せん2枚に達筆でつづった恋文のようでした。
乱筆にて失礼致します。長く暑い夏もようやく峠を越したのかと思われる今朝でした。
進さん、お元気で毎日をお過ごしのことと存じます。昨夜遅くベランダに出てみました。虫の声を聴きました。暑くても季節は確かに秋なのだと思い、同時にあなたのことをふと思い出しました。
~中略~
見渡せば幼い時の友人は死んで誰も居なくなり昔好きだったあなただけになりました。一度会いたいと思うのですがそれも叶わず、七夕の短冊にあなたの名前と「会えますように」書いて飾りました。
~後略~

いやあ驚きました。読んでいる私の顔が紅潮するのを覚えました。やがて読み終わると、おやじは「返事を出したいので代筆をしてくれ」というのです。おやじに来たラブレターの返事を息子が書くというのも前代未聞な出来事ですが、私ははがきを取り出しておやじの言うがまま時候のあいさつ、手紙へのお礼、私も妻に先立たれ1人で暮らしているのでぜひ遊びに来るようにと書き、「これでいいか」と読み聞かせ、ポストに入れに行きました。
人間は何歳になっても幼いころの記憶は失わないものです。最近は同級生のことが気になるらしく、近所の特別養護老人ホームに入所している、これまた同級生の女性からおやじに電話がありました。たまたま電話を受けたのが私だったものですから、おやじに電話を代わりました。聞き取れないような弱々しさで、それでいて会いたいということだけははっきり聞こえたというものですから、私はおやじを連れて老人ホームへ面会に行きました。懐かしい再会をお互いが果たしました。最近になって老いらくの恋とでもいうべきか、おやじはモテモテなのです。恋心もすっかり忘れたおやじでしょうが、手紙と電話と再会で確かめ合ったふるさとの懐かしい思い出を確かめ、満足のようでした。
人間は歳をとればとるほど昔の記憶が懐かしく思い出されるものです。最近になっておやじは時々、「わしはこの家の畳で死にたい」と言うようになりました。幸い、わが家では、年老いたおやじと在宅同居をしています。高齢者施設に入ったら帰れないと思っているのでしょうが、「心配せんでもええよ」と笑って話しをしてやると安心します。卒寿を迎えたおやじは、驚くなかれ、今も7キロ離れた診療所へ自転車で通院する元気さです。おやじには、もっともっと長生きをしてほしいものだと思う今日このごろです。