(2010年01月29日)
(2010年01月22日)
(2010年01月15日)
「人間牧場だより」とは何とも奇妙なタイトルで、2007年10月から書き始めた原稿
も既に90本近くになりましたが、バックナンバーを振り返ると、書いた原稿の中には
野趣豊かに、キツツキ、イノシシ、カブトムシ、メダカ、トンボ、ホタル、ミツバ
チ、アイガモ、キジなど私が巡り合って感じた、動物の話題が幾つも書かれていて、
人間牧場らしいなあと一人ほほ笑むのです。
私の家の庭に最近タヌキともハクビシンとも分からぬ動物が一匹出没するようにな
りました。今回は特定できぬままタヌキとして紹介します。タヌキもハクビシンも夜
行性で昼間など、滅多に人の目に触れることはありませんが、ところがこのタヌキは
なぜか堂々と、昼間でも裏庭をわがもの顔に歩き回るのです。
先日も私が書斎で原稿を書いていると、まだ西日のある7時ころ、透明なガラスの窓
の向こうにその動物を見つけました。早速「証拠写真を」と思ったのですが、こんな
時は決まったようにデジカメが手元にないため後悔するものです。今回はたまたま書
棚の好位置にカメラが置いてあったので急いで取り出しました。しかし悠然と歩いて
いるように見えても野生動物の足は速く、また人の気配には何かと敏感で、警戒心が
強いためカメラを向けると一目散に走り去ってしまいました。したがって一枚目は後
ろ姿しかとらえることはできませんでしたが、そのうち裏山に入るだろうと諦(あきら)め
かけていたら、タヌキは私の機嫌をうかがうように立ち止まって見返り、しばらくの間
静止してくれたのです。

【写真】庭の隅で振り向きざまのタヌキ(?)
私はタヌキに気付かれないような小声で、台所で夕食の準備をしている妻を呼び寄
せ、タヌキのような妻(笑い、失礼)と二人でタヌキと相対したのです。妻には「最
近庭でタヌキが見える」ことを話していたので、期待しての見学となりました。「こ
んな身近な場所でタヌキを見れるなんて」と妻は感激の面持ちでしたが、日ごろか
ら「動物奇想天外」や「ダーウィンが来た」などの動物が主人公のテレビ番組を楽し
んでいる妻にとって、最高のプレゼントとなりました。

【写真】山に入る前、私たちにポーズをとるタヌキ(?)
近ごろ私たちのような田舎でも人里でイノシシやタヌキが頻繁に見られるようになり
ました。高度成長期には耕して天に至ると形容されたみかん畑も、高齢化と第一次産
業の不振によって荒れが目立ち始め、耕作放棄地がどんどん増えて里山はカズラに覆
われつつあるのです。それは耕作地が自然に返ることですからいいことかもしれませ
んが、自然が増えているのに動物たちはなぜか、餌を求めて人里へやって来るのです。
特に農作物を食い荒らし人間に不利益を与えるイノシシは、有害鳥獣としてわが町
だけでも毎年100頭を超える数が、猟友会の人たちの手によって処理されているので
す。今はネズミ算なんて言葉はすっかり姿を消し、増え続けるイノシシにあやかって
イノシシ算という言葉も飛び交うほどなのです。
タヌキを見ながら妻の「どこかの動物園へ行かなくてもここで十分」という言葉も
私に対する皮肉とも聞こえましたが、「タヌキが何かの救いを求めているみたい」と
いう言葉には、環境の変化を肌で感じずにはおれない気持ちでした。確かに私たちの
身の回りも環境という点では、この20年間で随分様変わりをしました。海水の温度が
上昇したのか、子どものころには見たこともないようなハリセンボンというフグの仲間が
大量に発生したり、手負いのイノシシが不幸にも人様を死に至らしめる悲しい事故も
ありました。また里山を覆い尽くすように竹林が増え、梅雨になっても雨の降らない季節外
れの水不足が続いています。こうした状況を踏まえ、今までの人間中心の不自然な生
き方を悔い改め、自然と共生する生き方をするなら、子どもたちの時代もいい水が飲め
美味(おい)しい空気を吸いながら生きていけるのです。
タヌキが真っ昼間に堂々と人様の前に姿を現すのは、人間に対して無言のメッセージ
かもしれないのです。
はてさて、これからはタヌキに化かされないようにしなければなりませんが、もし
この小さな動物がタヌキでなくハクビシンだと、わが家の家庭菜園で間もなく食べごろ
となるであろうスイートコーンを狙っての下見かもしれません。何年か前にハクビシ
ンに食われ全滅したトウモロコシのことを思い出しました。危ない危ない、早く網を
張ってハクビシンの害からスイートコーンを守らなくては・・・・。

【写真】ハクビシン(?)が虎視眈々(たんたん)と狙うトウモロコシ畑