――かつてと今とでは、音楽に向かう姿勢や意識に違いはありますか?
岩久 「かなり違ってますよ。当時は音楽性の追究とか、プロとしての使命とか、すごいプレッシャーと闘いながらハードスケジュールをこなしていましたから、音楽を楽しむ余裕がなかった。日本を何周もするくらい旅をしましたけど、ライブの会場と放送局と宿泊先の印象しかない。名所旧跡を見る暇も、土地土地の風土を感じる余裕も全然なかった。でも、今はリラックスしたスタンスで楽しむことを心がけています。もちろん僕らだけじゃなく、聴いてくれるお客さんと一緒に楽しみながらエンターテインメントを作り上げたいと思っていますね。音楽って技術だけじゃないし、独り善がりでも奉仕するばかりでもいけない。いろいろな人生経験を積むことで、ものの本質が見えてきたのかもしれないですね」
西口 「そうね。歌って、テクニックだけでは伝わらないんですね。その人が年月を経る中で吸収してきたものが歌ににじみ出て、独特の色合いや説得力になっていくんだと思う」
岩久 「だから『太陽がくれた季節』も、オリジナルを聴くと確かに若くてフレッシュなんだけど、深みに欠けているように聞こえる。今なら人生経験をのせて歌う分、ひと言ひと言に重みが加わっているんじゃないかと思うんです」
西口 「私たちが発するそういうエネルギーを、お客さんなりに自由に解釈をして、癒やしにしたり生きる糧にしたりしてもらえるならうれしいですね」
岩久 「余談になりますが、僕がとあるSNSで会話をしているおそらく同世代の男性がライブを見に来てくれたんですけど、その会場で初めて顔を合わせたにもかかわらず、旧知の間柄かのように、仕事のことや子育てのことなどいろんな悩みをごく自然に打ち明け合ったりできた。その時に、歌というものには、聴いてくれる人たちの心を解きほぐしたり軽くしてくれる効用があるということをあらためて感じたんですよ。そんなところにも、僕らが歌う意義を感じましたね」
西口 「アーティストにも音楽性にもいろんなタイプがありますけど、青い三角定規はド派手なショーを見せるわけじゃなく、すべてをさらけ出して、いわば裸のつき合いをしながら心をケアしたり浄化させたりできれば、そしてしてもらえればいいなって思います」
岩久 「青い三角定規は“青い”っていうだけあって、青春をここまでストレートに歌い続けるグループはないと思いますよ」
――最後に今後のビジョンを聞かせてください。
岩久 「まずは定期的にライブ活動をしながら、秋口を目標に新曲を届けられればと思っています。あまりあくせくするとスケジュールに追われるようなかつての二の舞になってしまうので、のんびりと自分たちに合ったペースで活動していきたいですね」
西口 「そうした私たちの活動に触れることで、リスナーが今まで背負いこんできた荷物をいったん下ろして心を軽くしたり、温かい気持ち、優しい気持ち、美しいものを見て素直にキレイと思える気持ち……をあらためて確認してもらえたらうれしいです」
岩久「そして、その人なりの居場所を見つけたり、趣味でも仕事でもまた新たな一歩を踏み出すきっかけにしてもらえたら……と思います」
●プロフィール
作曲家/プロデューサーいずみたく氏主宰のオーディションにより、高田真理、岩久茂、西口久美子の3人による新しいフォークグループ“青い三角定規”結成。1971年「翼を忘れた天使たち」でレコードデビュー。翌72年、青春ドラマ「飛び出せ青春」の主題歌「太陽がくれた季節」がミリオンセラーの大ヒットとなり、一躍スターダムに躍り出る。同年、レコード大賞新人賞、日本歌謡大賞、新宿音楽祭をはじめとした数々の賞を受賞したほか、NHK紅白歌合戦にも出場。人気沸騰中の73年、突如解散。2年弱の活動に終止符を打つ。2001年、西口の芸能活動30周年記念ディナーショーのゲストコーナーで解散後初めて3人がそろって“青い三角定規”のレパートリーを歌い、3人で歌う楽しさをあらためて実感する。2006年、西口の芸能活動35周年記念ディナーショーを機に“青い三角定規”の再始動を画策。その準備中に不慮の事故、メンバー高田真理の逝去が重なり、再始動は白紙に。しかし2007年、多くのファンの熱意と高田家遺族の後押しで、岩久、西口の2人による再始動を決意。2008年2月よりライブ活動をスタート。秋には新曲のリリースも予定している。
●LIVE INFORMATION
日時:4月23日(水)
開場:18:00
開演:<part1>19:40~、<part2>21:20~
場所:原宿クロコダイル
チャージ:¥4,000
問い合わせ:03-3499-5205(原宿クロコダイル)