
シンガーソングライターとしてデビューしたものの、ここ10年ほどはジャズ、ラテン、ロック、クラシック、J-POP……と、スタンダード・ナンバーや他人の曲を歌うことが中心の活動になっていた。だが今回、あらためて自ら詞を紡ぎメロディーを編んだ作品を歌ったことも、原点回帰を印象づける大きな要因になっているのだと思う。それだけに今作はひときわ思い入れの強い作品になった。
「別格ですね。いろんなエピソードを思い出しては泣き、振り返っては泣き、しながら作りましたし、忘れちゃいけないニュアンスをメロディーと言葉に託して、思いのありったけを封じ込めましたから。しかも、父に書いた作品(「いろいろな白」)を表題に、「かもめが~」「それでも~」も地域限定盤じゃなく全国リリース盤に収録された。私にとってはもちろんですが、父にとっても大満足のシングルになったんじゃないかと。結果的にいい供養になったかなって思います。でも正直に言えば、作っている最中は思いのほか大変でしたね。1曲に閉じ込めたい思いがたくさんありすぎて。息をいっぱい吸ったのに吐き出せないような感覚。どこからどう吐いていいのかわからなくて悩みました。自分が物心ついたときからずっと一緒にいた存在をどう表現していいやら、と。だけど完成させたことで、それまでのもやもやしていた気分も一気に浄化されたような晴れ晴れとした気持ちになれたことは確かです」
不遇の時代、とまでは言わないまでも、特に90年代は先行きの分からない不安といつも背中合わせだったようだ。
「35歳~40代半ばまでの間は特に(不安感は)強かったですね。曲をリリースしても、風が全然吹かない。ある意味、観念しましたね。出そうとするとストレスになるので、出さずにいようと。そうすると、自然と自分の歌を歌う機会よりも他人の曲を歌う機会のほうが多くなっていって、さまざまなイベント・ステージに呼んでいただく機会が増えた。キューバやブラジルにも行きましたし。そのころ、(南)こうせつさんと一緒になる機会が多くて、顔を合わせる度に「大変だけど、来た仕事は選ばずやっておいた方がいいよ。そのうち選ばなきゃいけない状況が来るから」っていうんです。そんなこともあって、とにかく望まれることを一生懸命にやろうというスタンスで、いろんなタイプの曲を歌いながら、自分を磨いていたんです。自分の声でさまざまな曲を伝える作業も楽しかったですよ。どんな状況をも楽しんでしまうスタンスが、今日の状況を呼び込むことにつながっているような気がします」
最後にあらためて聞いてみた。なぜ歌うのですか? と。
「歌いたいから、かな。生後半年くらいの、まだ何もしゃべれない赤ん坊のころから“ポッポッポ、ハトポッポ~”をハミングしてたらしいですから、理屈じゃないんですね。歌は、私に与えられた使命であり、生きている証しだと思っているんです。だから、これからもその時々に歌いたいと思う曲を歌っていくでしょうし、歌いたい曲がなければ自分で作るでしょうし。それが結果的に聴いてくれる人たちに何かしらのパワーを与えることにつながるならうれしいんですが」
至極シンプルなスタンスに立ち返った彼女の歌からは、音楽への愛着心と、すべてを包み込むような優しい眼差(まなざ)し、そして並々ならない生気が伝わってくる。新たな花を蕾(つぼ)ませつつある予感とともに。
<プロフィール>
渡辺真知子(わたなべまちこ):1956年10月23日、神奈川県生まれ。シンガーソングライター、横須賀大使。1975年、中島みゆき、庄野真代、八神純子らも参加していた第9回ポピュラーソングコンテストで特別賞を受賞。1977年11月、「迷い道」でデビュー。“シンガーソングライターはテレビには出ない”という当時の音楽業界の常識を覆して積極的にテレビ出演を果たし、「迷い道」「かもめが翔んだ日」「ブルー」「唇よ、熱く君を語れ」など、日本のポップス・シーンに残る名曲、ヒット曲を次々に発表。2008年6月4日、シングル「いろいろな白/かもめが翔んだ日」、アルバム『GOLDEN☆BEST 渡辺真知子』を同時リリース
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