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■ 徳島…発心の道場 阿波の札所

《第3番 金泉寺》
第3番 金泉寺
  • 【所在地】
  • 徳島県板野郡板野町大寺字亀山下66
  • 【連絡先】
  • TEL:088-672-1087
  • 【近隣の地図】
  • 地図
【略縁起】
 聖武天皇(在位724~49)の勅願で行基菩薩が寺塔を建立、「金光明寺(こんこうみょうじ)」と命名したと伝えられる。
 弘仁年間(810~24)に弘法大師が四国を巡教した際、村人が日照りに苦しんでいたので井戸を掘った。井戸の水は霊水で「長寿をもたらす黄金の井戸」とされ、寺名を「金泉寺(こんせんじ)」に改めたという。
 亀山天皇(在位 1259~74)は法皇になると、弘法大師を信仰して各地の霊跡を巡拝し、金泉寺にしばらく滞在した。この時、京都の三十三間堂にならった堂舎を建立し、1000駆の千手観音像をまつり、山号を「亀光山(きこうざん)」に改めた。堂舎には経蔵が置かれ、学僧でにぎわったという。以降、皇室と縁は深く、長慶天皇(在位1368~83)の御陵も本堂の裏にある。
 『源平盛衰記』には、源義経(1159~1189)が屋島へ向かう途中、立ち寄って戦勝開運を祈願したと記されている。慈母観音子安大師は義経の祈願所で、「弁慶石」は義経が力試しのために弁慶に持ち上げさせたものと伝えられている。

 写真は『遍路の風景 空海のみち』村上護著、吉岡功治撮影(愛媛新聞社)から
 参考文献『先達経典』(四国八十八ヶ所霊場会)
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