僕は野球を見るのが好きだ。特にひいきのチームはジャイアンツで、年に何回かは東京ドームにも足を運ぶ。それにも増してスポーツファンだ。野球でもサッカーでも、自分でできない分、見ている選手達に思いを託して熱くなるのだ。国際試合ともなると更に熱くなる。
先日台湾で行われた北京五輪出場をかけた野球のアジア予選決勝リーグ、「星野ジャパン」は見事に五輪行きを決めてくれた。プロ野球の視聴率が落ちる中、やはりこういう試合の国民の関心度は高いのだ。
WBC で世界一になって、アジア予選で負けることはないだろう、という大方の予想の中、だからこそ余計に負けるわけにいかないプレッシャーの中、国民の期待を一身に背負った星野監督の気持ち、韓国戦のあとの「もう二度とあんな試合はやりたくない」という言葉に表れている。いわゆるスコアラー達の各国選手のデータ集めなど、水面下での準備も相当に入念だったようだ。試合に臨む心構えも「国際試合では何が起こるか分からない、我慢だ!」が合い言葉だったそうだ。審判の判定がおかしいのはきっと予想内のことだったろう。国民はWBC で経験済みだ。案の定明らかなデッドボールがファウルになる、ホームチームデシジョンと言っていいのかも分からないほどの判定のちぐはぐさ。そして相手チームからの体当たり戦術。内角球に膝をちょいと出して当たって出塁する。まるでレベルの低い高校野球だ。
でもこのくらい、選手達は想定内だったに違いない。岩瀬投手はそれを逆手にとって内角直球であの大ピンチの8回を切り抜けたのだから。サッカーでもそうだ。国際経験の少ない頃は、審判の見ていないところでシャツを引っ張られ、肘打ちをされ、足を引っかけられ、そうした外国選手の行為に腹を立てていたものだ。しかしそう言ったことも、想定していれば対処の仕方も違ってくる。今ではそんなことは当たり前のように覚悟した上で普通に戦っている。
しかしこの韓国戦でちょっと気になったことがあった。試合一時間前に交わしたスタメンと直前のスタメンとが違っていて、それに対して日本が抗議したことだ。曰く「 監督会議で紳士協定があったのに、非常に疑問に思っている。」 しかし相手の韓国チームの監督はそういうこともあり得ると確認したはずだ、日本がやってくるかも知れないのでそれに対抗した、と語っている。この紳士協定という言葉。これこそ国際間で一番問題になる曖昧な言葉ではないかと思う。はっきり言えば当事者同士には、あってないようなモノだ。勝ちたければルールのスキを突くような戦術は何でもやってくる。
こと野球に関してだけではない。国益を背負った国際間の戦いの中では日本はもう少しずるく立ち回ってもいいのではないか、とも思う。経済的大盤振る舞いはもうやめて、と最近思っている矢先のことだった。少し垣間見た日本人の「ひとのよさ」が気になった。