
【写真】手作りのおはぎ(ぼたもち)
去年の暮れに母が亡くなり、今年は初彼岸、新盆と慌ただしく過ぎていく。秋の彼岸に、母にお供えをしようと近くのスーパーに行くと“ぼたもち”があった。懐かしいなぁと思い買おうとしたが、賞味期限が短いためにやむなく断念。それにしても、お菓子屋さんなどでは一般的に“おはぎ”が並んでいて、“ぼたもち”とは呼ばないことが多くなった。
春の彼岸に食べるのが“ぼたもち”で、秋の彼岸に食べるものを“おはぎ”と呼ぶが、この“ぼたもち”という言葉が使われる諺(ことわざ)は多く、日本人の生活や意識に密着した呼び名と食べ物であったようである。
そもそも彼岸に“ぼたもち”を食べることになったのは江戸時代で、お彼岸や四十九日の忌み明けに食べる習慣が定着したらしい。理由は、小豆の赤色には災難が身に降りかからないようにするおまじないの効果があるとか、古くから邪気を払う食べ物としての信仰が先祖の供養と結び付いたなどと言われている。仏教では、彼岸は彼の岸として悟りの境地をいい、苦しみに満ちている此岸と対になる言葉として使われ、祖先を敬う慣習から“ぼたもち”を捧げ、先祖を慰め徳を積むことが目的で、そもそも自分たちで食べるものではなかった。
天気俚諺(てんきりげん)=編注:天気・天候・気候などに関する古くからの言い伝え=に「暑さ寒さも彼岸まで」とあるように、春の彼岸は種まきや田植えなどの農作業が始まる時期で、秋の彼岸は収穫の時期に当たる。春には収穫をもたらす山の神などを迎えるため“ぼたもち”を、秋には収穫を感謝して“おはぎ”を作ったのが、自分たちで食べるようになった理由であろう。
食べたいなぁと思っていたら、思いが届いたのか、おはぎを頂戴(ちょうだい)した。亡き母が作ってくれたような素朴な味で、黒砂糖を使うなど食育に配慮してある。
私の家では、いつでも“ぼたもち”であった。
やっぱり、母を偲んで“ぼたもち”と呼びたい。
今日の昼食は、“ぼたもち”2個なり!

【写真】あらし山の彼岸花(清見タンゴール園)